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■お好み焼き総合スレ001(おこのみ)

1 :はふはふ名無しさん:2008/02/15(金) 15:09:26 ID:dmvc7Y7A
・小麦粉を溶き、焼いて食べるようになったのは?

小麦粉を溶いて焼く調理法は、茶道の茶菓子で“麩の焼”と呼ばれるものからはじまったとか。
千利休が催した“利休百会記”という茶会の席で供されたという“麩の焼”は、
水で溶いた小麦粉を煎り鍋に伸ばして薄く焼き、サンショウ入りのみそをはさんだクレープのようなお菓子。

 これがルーツとなり、江戸時代末期には溶いた小麦粉を鉄板や鋳物鍋に流し込んで、
焼いて食べるという習慣が庶民の間にも広まったのが、どうやら今のお好み焼きのルーツということがわかりました。


・お好み焼き

その後、大阪では戦前から屋台のお好み焼きがよく見られ、“洋食焼き”が庶民の食べ物に。
当時は、1枚1銭で売られていため、“一銭洋食”とも呼ばれ、
以来、大阪のメリケン粉文化は途絶えることなく、庶民の味として根づいてきたのです。
戦後、肉は貴重品だったので、キャベツなどの野菜、イカなどの海産物を混ぜて焼くことが多くなり、
今のお好み焼きのスタイルに近づいてきたようです。
呼び名も、“洋食焼き”や“一銭焼き”から、好みの材料をのせて焼くという意味の“お好み焼き”へと変わり、
女性や子供のおやつというイメージから、より大衆向けの味へと進化。
そして、食料難の時代が終わり、飽食の時代といわれる現在にいたるまで、
お好み焼きは大阪を代表する味として、多くの人たちから愛されているのです。

しかし、本来のお好み焼きはゴチャゴチャと余計なものを入れずシンプルで安いものなのですよ。
商業主義に流されてばかりいてはいけません。

2 :はふはふ名無しさん:2008/02/15(金) 15:28:42 ID:ICvo55uT
お好み焼きの歴史

http://www.citydo.com/tako/columnx.html

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